代表戦マッチレポート

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( 代表戦マッチレポートについて)

岡田監督
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2010-06-20

サッカーいい話 6

NHK BS1

ワールドカップが生んだ絆「和歌山・デンマーク代表が残した思い出」より。


2010年4月 和歌山県の紀三井寺

デンマークのユニフォームを着た日本人の集団

それぞれ絵馬にサインし

日本とデンマークの必勝祈願

絵馬を奉納する大切な日

2002FIFAワールドカップ 日韓大会

大会直後、感動的な話題がインターネットで話題になり

後に書籍化。

タイトルは「少年とストライカーと約束」


2002FIFAワールドカップ 日韓大会

デンマーク代表が和歌山でキャンプを。

エースのトマソン選手が聴覚障害の子供から

応援の手紙を渡された

トマソンは手話を使って少年に感謝の気持ちを伝えた

驚く少年にトマソンが約束を。

僕はこの大会で必ず1点獲ります

その姿を見た君がこれからの人生頑張れるように

僕は祈ります


トマソンは4得点の活躍

少年に勇気を与えたというストーリー。


なぜ、トマソンは手話ができたのか?

少年と同じ、聴覚障害の姉がいたとのこと。


トマソン

「その話は知りません

 私は手話もできないし 1人っ子です」


フィクションでした。


和歌山県和歌山市

デンマーク代表が訪れたのは

開幕直前の2002年5月20日

関西国際空港に到着し、

キャンプ地の和歌山に向かおうとした時

ターミナルにはデンマーク代表を応援する

横断幕を掲げた日本人の人々が。


到着するなりデンマーク代表を感動させたのは

和歌山の海辺の美浜町の青年団


応援する理由は半世紀前までさかのぼる


昭和32年2月10日 夜9時

神戸港に向けて航海中だった、

デンマークの貨物船「エレン・マースク号」

和歌山県日ノ御埼沖に来た時

日本の木材運搬船「高砂丸」が炎上していた

この日は、風速20mの強風

救命艇は出せず、直接ロープを降ろす

高砂丸の船員は、それをつかみ

なんとか縄ばしごまで到達し

エレン・マースク号へ上がるという救助方法

体力の限界だった船員は、再び荒れ狂う海へ

ヨハネス・クヌッセン機関長が

海へ飛び込み救助へ

その後、2人の姿は波間に消え

翌日ヨハネス・クヌッセン機関長の遺体が砂浜に打ち上げられていた

町の人々は、海が一望できる丘に

ヨハネス・クヌッセン機関長の石碑を作成

以来、50年

町の人々はたやすことなく花束を

町の人々は子供のころからこの話を聞かされて育っている。


2002年5月20日

デンマーク代表が和歌山市に到着

招致したのが、当時、県のスポーツ化の横尾氏

横尾氏いわく

デンマーク代表は

子供にやさしくく紳士的だったとのこと

一番思い出に残っているのがサッカースクール


デンマーク代表は

本番前の貴重な練習を早めに終えて

子供たちにサッカースクールを開催

主力選手まで参加


多くのチームが練習を非公開にするなか

デンマーク代表は全て公開

キャンプ地には多くの人々が

デンマークの選手たちは気さくにサイン。


人ごみにまみれサインをもらえず

ホテルに戻るバスを追いかけた親子


ホテルで昼食だったにもかかわらず

オルセン監督がなんと選手全員を集めて

親子のもってきたボールにサインさせたようです。


エベサンド選手も当時のことをよく覚えていて

20分も汗だく走ってきてくれて

サインするのは当たり前とのこと


このことがメディアにも取り上げられ

キャンプ地に訪れる人は増加


さらに、アメリカで心臓移植をする

高校生の話を聞きつけ

選手たちがユニフォーム、スパイクなどを

チャリティーオークションに提供

売上金を寄付。


1週間という短い滞在で

和歌山の人々の心をつかんだデンマーク代表


その後、試合が行われる韓国へ

グループリーグは1位通過

ベスト16でベッカム率いるイングランドに0-3で敗退。


翌日、帰国する予定だったデンマーク代表が

和歌山に立ち寄ってくれた


横尾氏

「和歌山に戻って来てくれた時の

 県民の喜びは想像以上だったですね」


トマソン

「負けて戻った私たちを

 和歌山の人たちはヒーローのように出迎えてくれました

 みんなやさしくて親切で
 
 あの時はうれしかったです」


エベサンド

「ホテルの人やボランティアの人たちが

 一生懸命仕事をしてくれました

 常に笑顔で

 どんなリクエストにも応えてくれました」


当時、通訳のボランティアをしてい女性

通訳のボランティアの人数が少なく

朝から晩までつきっきりだったという

でも、デンマーク代表は

和歌山を気に入ってくれたようで

うれしかったとのこと。


ワールドカップ後、デンマークを旅行中に

一冊の本を見つけたようです。


「エベサンド ワールドカップ日記」


そこに、こう書かれていた


「日本での1週間はすばらしかった。

 日本人ほど、礼儀正しく親切で

 もてなしの心をもった人たちには

 今まで出会ったことがない。」


トマソン

「和歌山の人たちは、知らない人でさえ

 とても親切だったから いい交流ができました

 だからそういううわさが出るのもわかります」


残念ながら「少年とストライカーと約束」

この本はフィクションでしたけど

和歌山の人々とデンマーク代表の

絆が生んだフィクションかもしれません。


一番印象に残ったのが

直前のワールドカップに出る代表選手と

サッカーを楽しむ子供たちの姿でした。


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2010-06-19

サッカーいい話 5

テレビ朝日

「FIFAワールドカップ運命の決戦直前!!5時間SP」より。


岡田監督の娘さんから

岡田監督への手紙


「南アフリカの父へ

 お父さん元気ですか。

 ごはん、ちゃんと食べていますか?

 ちゃんと眠れていますか?

 お父さんが岡田監督として難しい顔している姿、

 毎日テレビで見ています。

 たいへんな時が続きますね。

 たくさんの人の夢や期待を背負って

 ピッチに立っているお父さん。

 私には想像もつかないような

 プレッシャーと闘っているお父さん。

 この間の試合の後、

 ますます厳しい顔をしているのを見て、

 お父さんらしいと思いました。

 お父さんが誰よりも真剣に、

 サッカーを考えていること。

 サッカーを愛していること。

 そして、覚悟を持って仕事をしていること。

 私は知っています。

 だから、信じています。

 今日はいよいよオランダ戦ですね。

 南アフリカのお父さんに、

 私たち家族ができることは少ないけれど

 精一杯、応援しています。

 いつもありがとう。

 お父さんは、私の誇りです。」


1998FIFAワールドカップ フランス大会

加茂監督の更迭により、コーチから監督になった岡田監督

苦戦しながらワールドカップ初出場を決め

本大会では3戦全敗


批判にさらされ、時には岡田監督の自宅を

警備のためにパトカーが巡回したとか

本大会終了後の去就について問われても

もう代表監督はやりたくないと

なにより家族が限界だ

そんなようなことを言っていたようです。


監督の自宅をパトカーが巡回

なにより家族が限界


このことだけで

岡田監督の家族がどれだけ大変だったか

それこそ私たちには想像もつかないものでしょう。


その家族からの手紙・・・

涙が出てきました。


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2010-06-19

サッカーいい話 4

テレビ朝日

「FIFAワールドカップ運命の決戦直前!!5時間SP」

23のストーリー~長友佑都~ より。


長友選手の母

「エトーと勝負してほしい

 信じてます 佑都が勝つと」


女手ひとつで育てられた長友選手

大学3年生の時に大きな決断を。

長友

「片親なので

 兄弟3人大学に行っていましたし

 なかなか経済的にも大変だったので

 母さんを支えてあげようと思って選んだ」

大学のサッカー部を退部

FC東京に入団。


2010.05.10

ワールドカップメンバー発表後の記者会見で。


長友

「『母さんに支えられて今の自分がいるから感謝しています』

 としっかり伝えました

 (お母さんは)泣いてたので、『ありがとう』と」


Q、ワールドカップにお母さんを連れていきたい

  そういった気持ちもありますか?

長友

「そうですね

 それが恩返しですね。」


2010.06.14 

カメルーン戦当日


スタジアムに入る前の長友選手のお母さん

日本代表のユニフォームを着て

頭には日の丸のハチマキをまいて


Q、女手ひとつで頑張って支えてきた息子の大舞台ですが


長友選手のお母さん、この質問で泣き始めて

「私は逆にこういう舞台に連れて来てくれて

 佑都に感謝していますし、

 一生懸命応援したいと思います。」



エトーにほとんど仕事をさせなかった長友、試合後

Q、エトーとの対戦はどうでしたか

長友

「楽しかったですね

 でも、もっともっと勝負に来て欲しかったですけど

 でも、凄い楽しみながらやれたので

 よかったと思います

 次も試合があるので切り替えて

 今日は喜びたいと思いますけど」


長友選手のお母さん

「私は信じていました

 佑都はやってくれると

 親バカなので 最後まで」


母親に感謝する息子

逆に、息子に感謝する母親

感動的でした。


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2010-06-19

サッカーいい話 3

2010.06.14

2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ

グループ E 

日本代表vsカメルーン代表

歴史的勝利の裏側で


「肩を組もう」


長い不振とワールドカップ直前のメンバー入れ替えで

バラバラになりかけていた日本代表


試合前日、大久保が「何かやった方がいい」

そう闘莉王に話しかけたそうです。

闘莉王の頭の中には1つのアイデアが。

「それならみんなで肩を組もう」

これまで、国歌斉唱では1人だけ

左胸のエンブレムに右手を添えていた闘莉王

国を代表する気持ちをチームで分かち合いたかった。

すぐにゲームキャプテンの長谷部に提案

長谷部から岡田監督に提案


岡田監督

「長谷部から話があったので、いいよと。

 ベンチもみんなでやってほしいと言われたので

 喜んでやると言った」


こうしてカメルーン戦では

ピッチ上の選手全員

ベンチの前でも岡田監督、スタッフ、控え組が

肩を組んで国歌斉唱したそうです。



「点を取ったらベンチに来いよ」


中村憲剛


「試合の何日前ですかね。

 『点を取ったら来いよ』という事を言っていました。

 何人か点を取りそうなやつには言ったんですが、

 そういう絵ってすごいチームが盛り上がるじゃないですか。

 歴代のワールドカップで上に行くチームって、みんなああなる。

 点を取って中の選手だけで喜ぶんじゃなくて、

 ワールドカップなんだからいいかなと。

 そういう一体感というのがすごい。」


テレビでの中村憲剛のインタビューを見ましたが

本田はゴール直後

ベンチに来ることを忘れていたんじゃないかと

そんなようなことを言っていました。


実際は・・・


本田圭佑

「ゴールが決まったら(ベンチまで)来いよって話を

(中村)憲剛君からされていたんで。

 喜びだして5秒後くらいに思い出して、方向転換しました。」


さらに、面白いのが

ゴール後、ベンチとは逆方向へ行った本田

5秒のロスタイムが響いたのか

ベンチの選手と喜んでいる本田に

岡田監督が早く戻れと絶叫していたそうです。

以前、Jリーグでも

得点したチームが喜びすぎて

その間に試合が再開されてゴールなんてシーンもありましたから。



「主将でも、僕はありのままで」


不振が続く日本代表

スイス合宿3日目の5月28日

川口能活を中心にホテルで自主的に選手たちが集まったそうです。

話し合いを多くの選手が望んでいるような空気を察してのこと。


川口能活

「これまで機会がなかったので、いいタイミングだと思った。

 みんな話に熱が入って1時間以上になった」

細かい戦術についても意見が出たが、精神面への言及が多かったとのこと。



川口は、いち早く練習場に現れ、続いて出てくる仲間に話しかける。

川口は居残りで若手のシュート練習に付き合い、

その後に自らのキック練習。カメルーン戦翌日の15日もそうだった。


「勝利の喜びに浸るのは、もう終わり。

 試合後の控室でも『切り替えよう』という声が自然に出た。

 あえて僕が言う必要はありませんでした」

それも、川口が意思疎通に腐心してきたからこそ。

川口が他の選手に気を使っているのを見て

逆に川口にストレスがたまらないか心配するスタッフもいたとか。


5月27日の選手ミーティング。

司会として聞き役に徹し、食事ごとに座る席は替える。

故郷自慢から戦術論まで、相手が乗ってくる話題を振って会話を弾ませる。

先頭に立つわけではない。陰から手を差し伸べるやり方。

川口

「主将でも、僕はありのままで」



前回のドイツの時は、

チーム内の不仲説の話題が多かったのですが

今回もカメルーン戦で負けていれば

これらのいい話も取り上げられなかったのかもしれませんが・・・



あと、カメルーン戦で試合中に

岡田監督のもとに呼ばれた松井

その松井に中村俊輔がベンチから飛び出して

テクニカルエリアに置いてある

水分の入ったペットボトルを

松井に手渡して

それを松井が飲みながら

岡田監督の指示を聞いていた

怪我の影響もあり、控えになっている中村俊輔

このシーンもグッときました。


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2010-06-16

サッカーいい話 2

NHK総合

「証言ドキュメント 日本サッカーの50年 第二夜 迷走そして悲劇」より。


キングカズが帰国し

ラモス氏が帰化した頃

高まる日本代表への期待

それでも日本代表が勝てない日々が続いていた

個人技の高い選手は揃っていた

個人技が一つにまとまれば

強い日本代表ができるのではないか

でも、自己主張の強い彼らをどうやってまとめるか・・・


監督として初めて招く外国人監督 オフト


川渕

「監督がそうとうカリスマを持ってないと

 チーム作りがなかなか難しいと

 たとえば、ラモスに対して

 お前(監督の指示通り)やらないのなら、外すよとか

 代表に入れないよって言ったときに

 監督が、そういう決断をできる

 カリスマというか、プロ意識を持つのは

 難しいだろうなと、日本人(監督)が

 まだ、プロじゃないから」


個性あふれるチームで主将を任された

柱谷哲二

「まず、最初にうれしかった

 自分がキャプテンマークつけて

 代表のユニフォーム着てできるなんて

 凄いことだなって、凄いうれしかったのを覚えていますけど

 その何秒(後)かに、ラモスさんとかの顔が出た時に

 ちょっとまてよ、みたいな

 ラモスさんと、カズとか

 これまとめるのは大変だぞってのはありましたね

 そのあと、ちょっとゾッとしましたね」


都並

「これ、ラモスさんとかぶつかっちゃうだろうな

 と思ったんですよ

 細かいし、決めごと、決めごととか

 読売クラブとかでそういうことがないわけだから

 本人の感覚でやっているから」


それまで、代表でも自由にプレーしていたラモス氏

オフト氏に最初に言われた一言

ラモス氏

「あなたとカズに自由を与えないよ

 ここは、あなたたちのチームじゃない」

そんな感じのことを言われたようです。

ラモス氏

「何だこの人と思った

 カチンとなった

 実際、ピッチの中でやっているのは僕だ

 ピッチの中の監督は僕だと思った」


オフト氏

「それは、通訳の間違いじゃないかな

 私が言いたかったのは

 日本代表はあくまで国のチームだということ

 個人のチームではないということです

 個人の技術はチームのために生かすべきだ

 そう言ったのです

 特にラモスのようにクリエイティブな選手は

 チーム全体を見る責任がある

 決して自由ではありません
 
 他の選手に対して責任があるのです」


ラモス氏の不満はその練習方法

基本の繰り返し

選手たちの動きに問題があればすぐに練習を止める

反発するラモス

しかし多くの選手は手ごたえを。


初陣はキリンカップ1992

アルゼンチン戦

結果は1-0の負け


この試合は生で見たのですが

日本代表強くなったと感じたのを覚えています。


柱谷氏

「アルゼンチンなんて絶対勝てねーだろ

 サッカーもさしてもらえないだろと思ってたけど

 サッカーになってましたもん
 
 パスがつながるなんてビックリしました」


つづく、ダイナスティカップ1992

韓国戦にも勝利

都並氏

「あの韓国の選手たちが

 日本のボール回しに

 ゼーゼーハーハー言って

 ボールが追えなくなった姿は驚愕だったですよ」


柱谷氏は残された課題に立ち向かった

ラモス氏の説得だった


柱谷氏

「もう代表の中にちゃんと入って下さい

 みんなはもう、

 オフトのことを信じてやるってことになっているんで

 もしラモスさんがやだって言うなら

 自分で辞退して下さい

 ラモスさん一人を守るよりも

 ほかのみんなを守るんで

 キャプテンとして

 これ以上、代表の中で
 
 やだとか、こいつのサッカーはやだとか

 もう何か月もきてるのに

 心臓バクバクだったですよ

 ラモスさんに俺、言わなきゃいけないのかみたいな

 根性入れていきました」


ラモス氏

「そこまで日本代表に全てをかけている

 柱谷の姿をみて

 僕の力を必要としてくれているのかな

 一緒にワールドカップ行きたいのかな

 この人を裏切ることはできないと思ったから

 自分の考え方、態度を変えていくしかないと思った」


そして、一つにまとまって

急成長を遂げ、初のアジアチャンピオンへ


強烈な個性を持ったチームを

勇気と根性でまとめた柱谷氏

考え方、態度を改めたラモス氏

感動しました。


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2010-05-08

サッカーいい話

2010.05.07 NHK総合 「欽ちゃんのワースト脱出大作戦」より


観客動員数(ホーム試合の平均)がJリーグワーストなのは・・・


J2の水戸ホーリーホック


とのことでした。


チームのシンボルは

Hollyhock=葵

葵紋金土蒔絵印籠 徳川光圀所用

あの印籠でおなじみの葵とのことです。


しかし・・・人気はいまひとつ・・・。

去年の平均観客数は・・・

2673人。

J2平均が6325人の半分以下


5年連続でワースト。


そこで、ワースト脱出請負人としてやってきたのは

元サッカー日本代表の小倉隆史氏。


まずは、水戸駅周辺で街頭インタビューを試みるも

知名度は低い。

そして、練習場へ

そこは河川敷

芝もまだらで

手入れもされていないデコボコなグランド。

入場者収入が少ない為

チームの財政は火の車。


ゴールを選手たちが運んでいました。

これは部活動で中学1年、高校1年の最下級生の時に

練習前、後にやらされていたこと

プロの選手がこんなことするのか・・・。


試しに小倉氏がグランダーでボールを蹴るも

あっというまにボールが跳ねて、イレギュラー。

小倉氏

「サッカーって、ほんのちょっとズレただけで

 ミスになっちゃいますよ。

 デコボコしたところは怪我の面も怖いですよね。」


そんな中、見慣れた顔が。

元日本代表の吉原宏太選手。


吉原選手

「最高の環境です。(笑)」


小倉氏

「大丈夫?

(グランドが)ボコボコなっとったから。」


吉原

「うまくなるんですよ。

 これくらいでやっているほうが。」


小倉氏

「プラス思考。逞しい。」


クライフなんかも

子供の頃にやったストリートサッカー

裸足でやったり

ちゃんとした球体じゃないボールでやったり

劣悪なグランドでやったり

そういう環境がよかった的なことを言っていましたが


プロでこの環境は・・・。


それにしても吉原選手の発言は

小倉氏の言うとおりポジティブシンキングで好きです。


練習後の汚れたユニフォームを洗うのも選手

お金がなくて、シーズン前のキャンプもいけなかったとか。


しかし、今年は市内に念願のホームスタジアム

「ケーズデンキスタジアム水戸」が完成。

今までは隣の市で試合をしていたようです。

クラブの計算ではワーストを脱出するには

1試合平均4000人。


水戸ホーリーホック常務 藤村氏

藤村氏には1万人というもっと大きな夢が。

小倉氏をそのスタジアムに案内

グランドから無人の観客席を見渡し

藤村氏

「ここをねー

 あおい(葵)水戸のユニフォームを着たファンで

 いっぱいにしたい。」


2010.2月

地元の30を超える団体が集まり


水戸ホーリーホック1万人プロジェクトが発足。


ターゲットは2ヶ月後のアビスパ福岡戦。


多くの地方都市が不況にあえぐ今

水戸も例外では無い様子。

街を活性化させる数少ない希望の一つとしても

チームへの期待度は大きいようです。


会議で、常磐大学 経営学の准教授より

アイデアが。

「選手の顔や、人柄、

 持っているものを伝えれば

 何かしら共感する人が出てくる

 選手のファンを増やしたい。」


この会議に出席していた小倉氏

過去の自分と重ねていた。

選手生活の最後を過ごした

ヴァンフォーレ甲府

クラブが(JFL)からJリーグ(J2)に昇格した当初

1試合平均1469人でワースト。

そこで、まずはチームを知ってもらおうと

地域の人たちとふれあう機会を増やす。

サッカー教室から歯磨きイベントまで。

多い時は年間140回を超えたそうです。

それに比例し、観客数は増えて1万人を超すように。


昔、甲府の劣悪の環境をテレビで見ました。

今回の水戸のような環境。


なにより、地元の人の支持を得られていない。

「サッカークラブなんていらない。」

「税金の無駄遣い」

など、厳しい声も。

なので、甲府がJ1に昇格した時は驚きましたが、

こういった地道な努力があったんですね。


そこで、小倉氏

水戸の選手たちと直接会って会議。


小倉氏

「いろいろなボランティアも含めて

 食事会だったり、顔を売っていく

 そう言った部分で協力していこう

 というのはいかがなものでしょう。」


選手たちは・・・


「とりあえずサッカーがしたかったんで

 サッカーが出来る環境なんで

 別に何にも感じてないです。」


「まー贅沢は言えない感じかなと思います。」


チームは平均年齢24歳

イベントよりも練習といった感じ・・・。


小倉氏

「もっと良くするべき

 この現状にあまんじていいはずは

 ないんですよね。

 この状況を『アカン』

 と思わないといけない

 このままでいいと思った瞬間

 アスリートは終りやからね。」


開幕10日前

選手たちは地元のバス会社へ

バス会社側と対談


片山真人選手

「バス停の時刻表の下に

 選手の名前、背番号、サイン入りの

 写真を掲載して欲しい」


選手みんなで考えたアイデア。


バス会社側


「他のバス会社も使っているので

 うちだけのスペースが少ない。」


でも、簡単には引き下がらない。


片山選手

「バスでスタジアムに

 たとえば3回行けば

 特典として選手のサイン入りの

 グッズがもらえるとか

 もらうためにバスに乗ろうと

 思ってもらえるような。」


これは好印象でした。

いやらしい話ですけど

企業の目的は利益を上げることですからね。

しょうがないことです。

でも、いいアイデアではないでしょうか。

バスを使えば渋滞も減る

バス会社も儲かる

選手のグッズももらえる

観客数も増える。


そして、このアイデアは・・・


採用!!


さらにバス会社側からも

選手の顔を覚えやすくできる提案まで


「たとえば降りる時に選手のシールを渡す

 シールを集めると何かもらえるとか。」など


選手の熱意が会社を動かした!!


3月6日 開幕戦

スタジアムに観客を運ぶバス

バスから降りる乗客に運転手が

完成したばかりの選手のシールを手渡しています。感動です。


シールを受け取った人たち

「うれしいです。

 選手の名前を覚えやすくなるので。」


「凄い、いいですね。

 今度もバスを使いたい。」

などの声。


開幕戦は7年振りの勝利。

観客数は・・・

藤村氏

「厳しいっすね。」


3581人。


この日行われた全ての開幕戦の中でワースト。


そこで、4月17日の試合は申し込めば

誰でも無料に。


ただでさえお金がないのに

1試合分の収入をチャラにする作戦に。


小倉氏

「無料招待!?

 ありゃこりゃまた、なんですか?」


藤村氏

「満員のスタジアムじゃないと

 味わえない興奮みたいのがあるじゃないですか

 1万人のお客さんがみんなで一斉に

 『水戸』って叫んだときの

 興奮というか

 かけがえのない体験だと思うんですよね。

 もう一回来たいという気持ちに繋がると思いますし。」



ここでJリーグ屈指の観客動員数を誇る

浦和と新潟

スタジアムを赤とオレンジに染め

大声援で応援する観客

そんな満員のスタジアムの映像が流れます。


「スタジアムで一緒になった人たちが

 大人も子供も一斉に声をあげる

 そこに生まれる一体感

 満員のスタジアムだけが持つ力に

 藤村さんはかけていた。」(ナレーションより)


しかし、無料とはいえど1万人も集まるのか?

プロジェクトの総力をあげたPR作戦


水戸ホーリーホック社長自ら

市内の小中学校にチラシを配布 その数2万枚


町内会のネットワークを生かし

1件1件にチラシを配布 その数9万枚

バス200台にもPRのチラシ


この番組の面白いのが収録日が4月17日

VTRはここまでで、スタジオの欽ちゃんたちへ

スタジオからこの日の

試合前のスタジアムへ中継


スタジアムには小倉氏

スタジアムの電光掲示板には欽ちゃんの姿が!!

スタジオから欽ちゃんが

「水戸のみんなこんにちは」

電光掲示板に映る欽ちゃんを見て

盛り上がるスタジアム


試合開始は16:00

14:30の時点で741人

観客数は後半に決まるようで

結果は番組の後半とか。


ニクイ演出するなーと思った矢先

ひっぱるねーと、ひとりごと

録画なので当然早送り。


再びスタジオの欽ちゃんたちと

スタジアムの小倉氏を中継

電光掲示板には欽ちゃんたちの姿が

試合結果は1-0で水戸の勝利!!

そして、観客動員数は・・・

電光掲示板に下一桁から











60


の表記・・・。


6069人でした。


残念。


小倉氏がスタジアムで藤村氏にインタビュー

「1万人いかなかったですね。」


藤村氏

「いかなかったですね。

 だいぶ足りなかったですね。」


そこで欽ちゃん

「いやいやありがたいからいこうよ

 こんなに来てくれてありがたいだろう。」


スタジアムからは大歓声が。


藤村氏

「はい。

 今日お越しの皆さん、ありがとうございます。」


欽ちゃん

「そうだよ。」


藤村氏

「はい。そっからですね。」


小倉氏

「ただ、今回のお客様は

 無料招待の6千人。

 これは大損をしてしまった感じに・・・。」


藤村氏

「今日の試合の収支はそうかもしんないですけど

 水戸のファンの人がスタジアムに大勢集まって

 『水戸』って応援したんで

 この気持ちが次に2倍3倍になって帰ってくるって

 信じてます。」


欽ちゃん

「そうそうそう。」


久しぶりにいい番組を見たなという気になりました。


ちなみにここまで5月5日の第11節までの

水戸のホームの観客数を調べてみると・・・

第1節  3,581

第4節  1,803

第7節  6,069

第9節  2,508

第11節 3,466


でした。


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